日本で初めて作られた磁器「有田焼」は、その絢爛豪華な作風により、国内はもとより世界史にもその名を留めることとなった。繊細な美しさが今なお世界中の人から愛される有田焼は、まさにクールジャパンの先駆けといえる。

ヨーロッパ宮廷をも魅了した「有田焼」の美

日本で最初に作られた磁器「有田焼」は、繊細でありながら耐久性に優れ、華やかな絵付けが施されているのが特徴である。有田焼は、江戸時代には伊万里港から国内外に運ばれたため、「伊万里焼」とも呼ばれていた。特に、柿右衛門(かきえもん)様式や金襴手(きんらんで)と呼ばれる華やかな絵付けが施された作品は、遠くヨーロッパにも輸出され、王侯貴族たちをも魅了し、やがてヨーロッパの陶磁器の歴史をも変えていくこととなる。そんな「有田焼」の歴史や魅力について紹介する。

有田焼の特徴

有田焼は、透明感のある輝くような白地に、美しい絵付けが施されていることが特徴である。色絵を施されたものには、赤や緑、黄などの顔料を使って日本画風の絵付けを施した「柿右衛門」や、規則正しい意匠と、赤・黄・緑のみの三彩の釉薬を駆使して美しい色を出す「鍋島(なべしま)」、赤や金で絵付けされた「金襴手」などの様式があり、伝統的な日本の美意識を器で表現した一級の美術品として、江戸時代から今日まで世界中の人々に愛されている。現在、有田焼には、以下のような表現技法が伝えられている。

  • 白磁(はくじ): 美しい白地が特徴で、透明な釉薬(ゆうやく)を用いて焼成する。
  • 陽刻(ようこく): 表面に凹凸をつけて、模様を浮かび上がらせる。
  • 染付(そめつけ): 釉薬の下に呉須(ごす)という絵の具で絵付けする。呉須が藍色に発色する。
  • 色絵(いろえ): 釉薬の上に、赤、緑、黄、紫、金、銀などで絵付けをする。
  • 青磁(せいじ): 鉄分を含んだ釉薬を使って、青緑色に発色させる。
  • 瑠璃釉(るりゆう): 透明な釉薬と呉須を混ぜることによって、瑠璃色に発色させる。
  • 銹釉(さびゆう): 鉄分を含んだ釉薬で、赤茶色に発色させる。
  • 辰砂(しんしゃ): 酸化銅を含む釉薬を、酸素が不足した状態で焼く(還元焼成)ことによって、赤色に発色させる。

なお、江戸時代に有田やその周辺で作られたやきものは、伊万里港から国内外へと運ばれていたため、「伊万里焼」「伊万里」などと呼ばれていた。明治に入ってやきもの産地名で呼ぶようになったことから「有田焼」「伊万里焼」と区別されるようになるのだが、結局、製法や原料などが同じであることから、「伊万里・有田焼」と統一して呼ぶようになった。なお、特に江戸時代に作られたものを「古伊万里」ということもある。

有田焼の歴史

1592年から1598年にかけて、豊臣秀吉が朝鮮へ出兵した。文禄・慶長の役である。この時、朝鮮半島から陶工たちが肥前(ひぜん・現在の佐賀県)の大名鍋島直茂(なべしまなおしげ)によって連れてこられた。1616年、この時の陶工の1人であった李参平(イサンピョン)が、現在の有田町で磁器の原料となる陶石を発見する。これによって、日本で初めて磁器が作られ「有田焼」の歴史が始まったといわれている。初期のころは、「染付」だけの素朴なものだったが、やがてさまざまな様式が生まれ、その美しさはヨーロッパの王侯貴族らをも魅了することとなる。

1650年代、「有田焼」はオランダの東インド会社を通じて、東南アジアやヨーロッパへもたらされた。当時のヨーロッパには磁器を作る技術はなく、中国や日本、朝鮮から輸入するしかなかった。それだけにこうした東アジア産の美しい磁器を多数所有することは、富と権力のステータスシンボルとなり、王侯貴族らの間では磁器の収集が大流行する。さらに、17世紀後半にヨーロッパの王侯貴族の間で「柿右衛門」の人気が広まると、ヨーロッパではこれを模倣する窯も出てきた。ドイツのマイセン窯やフランスのシャンティイ窯がそれである。また「金襴手」は、豪華絢爛な町人文化が花開いた元禄時代に誕生したもので、金や赤の絵の具を使って絵付けをする様式である。実用品としてはもちろん、装飾品としても欧州産のものと比べて遜色のないものだったので、こちらもヨーロッパなどで大変もてはやされ、盛んに模倣された。

一方、国内では鍋島藩により「鍋島」様式が確立された。1620年代後半から激しくなった内乱によって、中国大陸では明王朝が滅び、清が勃興する。鍋島藩では、明から輸入される陶磁器を将軍家への献上品としていたが、この影響を受け、陶磁器の輸入が困難になってしまった。そこで、有田焼の陶工のなかから、優れた技術を持つものを大川内山(おおかわちやま)に集め、献上品にふさわしい磁器の開発が始まった。技術がもれることのないよう、陶工らを徹底して管理したことはよく知られている。

近代に入ってからも「有田焼」は、「ジャポニスム」などの日本ブームの中心的存在となった。現在では、伝統的な技法を守られつつ新しいデザインや作品も生まれ、国内外に多くの愛好者がいる。2017年夏には、2020年の東京オリンピック・パラリンピック公式グッズとして、エンブレムの組市松紋を描いた「有田焼」の六寸皿が発売された。

美術品としての有田焼

華やかな絵付けが特徴の有田焼は、実用品としてよりも美術品としての価値が高かったため、現在でも古いものが世界中の博物館や宮殿などにたくさん残されている。特に、東インド会社を通じてヨーロッパへ運ばれた有田焼は、宮廷の装飾としても用いられていた。さらに、18世紀から19世紀にかけてイギリスで花開いた「アフタヌーンティー」の文化のもと、室内装飾のための調度や華やかなティーセットの需要が高まり、「柿右衛門」や「金襴手」は、その中心的存在としてもてはやされ、さらに多くの窯で模倣されるまでに至る。19世紀初頭のイギリス王ジョージⅣ世は、稀代の浪費家として知られているが、彼がこよなく愛したのが、「金襴手」であった。その影響を受けて、多くの窯が「金襴手」を模倣している。なかでも、ダービー窯には高い評価が下され、「クラウン」の称号も与えられた(以降「ロイヤル・クラウン・ダービー窯」と名称を変更する)。やがてクラウンダービー窯は、マイセン窯とならんで日本風パターンの典型となった。

一方、藩によって製法技術が秘匿された「鍋島」は、一般に流通するものではなかったため、その希少性もあって骨董的価値が非常に高い。華やかな色絵の「色鍋島」、呉須の藍色が鮮やかな「鍋島染付」、美しく輝く青磁の「鍋島青磁」がある。また、「皿」が多いことも特徴で、サイズの種類もいくつかあるが、そのなかでも特に1尺の大皿は数も少なく一点物が多い。

参考: