波佐見焼は、有田の下請け産地として長い間あまり知られていなかったやきものだ。しかし今、そのモダンなデザインから国内だけでなく、海外からも注目度を集めているのをご存知だろうか。ここではそんな波佐見焼の歴史や特徴を通して、その魅力を紹介する。

日常使いに最適な波佐見焼の魅力

九州では、佐賀県の有田焼や福岡県の小石原焼、鹿児島県の薩摩焼など、有名なやきものが各地で産出されている。そのなかでも波佐見焼は、そのモダンなデザインから国内だけでなく、海外からも注目を集めているのをご存知だろうか。ここではそんな波佐見焼の歴史や特徴を通して、その魅力を紹介する。

波佐見焼の産地は有田焼の隣町

波佐見焼の産地は、長崎県中部の波佐見町。佐賀県との県境に位置し、下請けとして携わっていた有田焼の産地有田町と隣り合う町だ。

波佐見町には、やきものを作る窯元があちこちに点在している。なかでも西ノ原という地区には、約1500坪の古い製陶所がある。この製陶所は現在稼働していないが、数年前から若い職人たちが集まって、古い建物を利用しおしゃれなカフェや波佐見焼の雑貨店などを営むようになった。そして今、若者に人気のスポットとなっているのだ。

400年以上も前から日用品として愛されてきたやきもの

波佐見焼の製造が始まったのは、約400年前。慶長3(1598)年、文禄・慶長の役に出陣した大村藩主の大村喜前は、朝鮮から陶工を連れ帰った。彼らは波佐見で登窯を構え、やきものづくりが始まったといわれている。初めのころは釉薬を施した陶器の生産を行っていたが、その後この地で磁器の原料が見つかり、染付と青磁の磁器生産に移行。江戸時代後期には一大産地として全国に知られるようになった。

江戸時代に製造されていた磁器は、ほとんどが日常食器といわれている。当時よく知られていたのが「くらわんか椀」と「コンプラ瓶」。これらの食器は波佐見焼の代表として、海外の著名人にも愛される商品となった。

くらわんか椀

唐草などをモチーフにした簡単な染付模様が描かれたくらわんか椀は、庶民の暮らしを支えた重要な食器。江戸時代に商人が「餅くらわんか、酒くらわんか」と言いながら売ったことからその名が付けられたという。荒い素地が使われシンプルな絵柄であったため手ごろな価格で売られ、「磁器椀は庶民に手が届かない高級なもの」という当時の認識を大きく変えるとともに、日本の食文化の発展に貢献したといわれている。

コンプラ瓶

コンプラ瓶は、酒や醤油を輸出する際の容器として使われていたもの。オランダ人やポルトガル人を相手にした仲買商人「金富良(こんぷら)商社」によってオランダやポルトガルに輸出されていたことからこの名前が付いた。どっしりとした安定感のある瓶は、フランスの皇帝・ルイ14世やロシアの文豪・トルストイなどにも愛用されていたといわれている。こうして波佐見焼は世界にも知られるようになったのだ。

日常的に使えるシンプルなデザインが特徴

波佐見焼は透き通るような白磁の輝きと、染付と呼ばれる藍色で絵付けされた繊細な模様が特徴。色とりどりの華やかな絵付けの有田焼も美しいが、波佐見焼の唐草模様や編み目模様といったシンプルなデザインは違った味わいがあり、日常使いの食器として人々から支持を得ている。

製造方法は基本的に、成形、型起こし、施釉、窯焼きなどの工程を、それぞれ異なる職人が行う分業体制をとっている。1つの器を作るのに多くの人々が手をかけて、やっとでき上がるものなのだ。

グッドデザイン賞も受賞している、人気の「HASAMI」

近年、そのシンプルで使いやすいデザインが再認識され、注目を集め始めた波佐見焼。さらにモダンなデザインを施した食器や雑貨が造られるようになり、若者からも人気を集めている。マグカップからプレート、箸置き、小物雑貨まで、色とりどりのかわいらしい商品は価格も手ごろで、日常生活や食卓に取り入れられるようなものばかり。なかにはグッドデザイン賞を受賞した商品などもあり、その魅力は多くのファンを惹きつける。

時代の移り変わりとともに進化し続ける波佐見焼。国内だけでなく、海外からも人気を集める今注目のやきものを、食卓を彩る一品として日常に取り入れてみては。

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